観察されない言葉

よく歳をとった方が先に旅立った人と夢の中や頭の中で会話や対話をするという話をきく。これはその人の記憶やものの感じ方、その人がその人であることを示す手がかりなどを、十分に心に集めることが出来たから可能なのだろう。

会話や対話、他者と自分の間で言葉が自然に流れていくということ。そういうときの言葉は、おそらく主客非分離のものであり、ある意味独白と重なるところがあるのかも知れない。そうであるなら語る相手は、今現在面とむかえていなくとも良いだろう。あるいは普通の意味での言葉を使っていないものとの間でも成立するのだろう。海や森、風や動物などの自然と言葉を交わすというのは、思っていたよりも実際的なことで、決して比喩的なことではないのかも知れない。それは外からの第三者としての視点からは観察されづらいことなのかも知れないが。それは二人が共同で行う独白なんだろう。そういうことを行えるようになるには、対象への深い理解や愛着が必要であろうが。

言葉をしゃべらないものとのコミュニケーションという可能性。


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