八百屋さん

地下鉄をおりてから、地面をのぼった後の、職場に向かう間に八百屋さんがある。向かいはうどん屋、隣はパン屋。まだ目が覚めきらぬ朝の気分を引きずって通勤する人、通学する人が幾らかおり、全体として、気だるい通り道。何故だかは分からぬけれども、その日は、その通りの雰囲気がいつもと違った。なぜだか楽しい気持ちになる様な気配の理由を突き止めようと、半ば意識的に半ば無意識的に感覚を開くと、何かのメロディーがそこにあった。耳を澄ますと、どうやら八百屋さんからヴァイオリンの演奏が聴こえる。ラジオだ。池袋ウエストゲートパークの真島誠の様だけれども、店番をしているのは自分の祖父と同じくらいにみえる年齢の男性だ。その人はいつも決まった時間に品物を店先に並べていて、ちょうど通勤する時刻に、その人が野菜を店先に並べている姿をみる。概ねいつも決まった時間に野菜を並べているのだけれど、日によって少しずつ仕事の進み具合が異なっているので、幾らかのムラはあると思う。その八百屋さんの向かいのうどん屋の隣には、チェーンのスーパーが開かれていて、当然そこでは野菜が販売されており、いつも八百屋さんの経営を心配をしながら通り過ぎる。実際、その八百屋さんで何かを購入したことはない。そういう様な印象を持っている八百屋さんから、その日はヴァイオリンの美しい旋律がしかも絶妙な音量で流れていた。八百屋さんを巡る風は優しく、そこを往く人々の歩みは日常よりも緩やかであった。実際のところ、そういう描写は的確ではないにせよ、適切ではあると思う。


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